“I want” / No.009 のら寿司 中西 巧
あれは中学2年生の春。
バスケ部だった平井少年は地区大会の会場にいた。
体育館2階の通路から試合を眺めていたとき、
高い、速い、明らかに別格の選手を見つけた。
記憶のなかではロン毛だったことになっているけど、どうだっただろう。
「峰中の7番」
それが、俺がタクミ先輩を初めて見たときだ。
後日、俺は先輩が履いていたのと同じAIR JORDAN Xを買ってもらった。
高校に進学し、俺はバスケ部の仮入部に行った。
新1年生が並ばされ、先輩から自己紹介をするように言われた。
名前と出身中学と好きな女の子の名前を言うように、と先輩たちはゲラゲラ笑っていた。
これはちょっとキビシそうだと直感した俺は、抜け出して帰ろうとした。
更衣室の前で知らない先生に呼び止められ、
俺はなぜだかレスリング部の道場を覗きに行ってしまった。
道場には異様な熱気と匂いがあった。
「峰中の7番」のひとだ!
そこで俺はまた先輩に会った。
その日から3年間、シャバには戻れなかった。
体育館で適当な女の子の名前を答えておけばよかった。
先輩からは、多くのことを教わった。
レスリングもそうだし、私生活や遊びでも。
俺が出会ったホモ・サピエンスの中でいちばん酒に強いヒトでもある。
いっしょに遊んでもらった笑える思い出も、キョーレツなものが多い。
(ここでは書けないようなものも多い)
とにかくすべての物差しがデカい。超人枠。
俺にとってはそんな先輩です。
レスリング部のときもすごかった。
JOCジュニアオリンピックカップという大会で、
高校生も大学生もいっしょになって参加するカテゴリーに出場した先輩は、
大学生相手にも勝利を重ね、決勝へ。
決勝の相手は、昨年まで同じ峰山高校のレスリング部だった、現WWEの中邑真輔先輩。
現役峰山高校3年生のタクミ先輩と、峰山高校OBで青山学院大学1年生だった真輔先輩が、
全日本の大会の決勝で対決するなんて、後輩の俺たちからしたらもうマンガのようなエピソード。
超人x超人。デカすぎます。
料理人としての基本も、先輩から教わった。
30歳をすぎた頃の俺は、地元に帰って生活しようと決めた。
何か少しでも手に職をつけたいと思った俺は、先輩に相談させてもらって、
先輩のお兄さんが経営される京都市内のお店で1年ほど修行させてもいらいました。
あの期間は、俺にとっての礎。
おそらく、今後も一生、効力のある核。腹。
今はもう飲食の業界から離れてしまいましたが、
おかげさまで、地元に帰ってきてからの新生活の構築期間、
調理師として飯を食わせていただくことができました。
料理ももちろんそうだけど、
お客さまにも身内にも、人に対しての接し方も、先輩は俺のお手本のような人です。
人と人との間に、どんな言葉や態度をもってくるか。
社会のなかで嫌な人に出会うこともあるけど、
俺は先輩のバイヴスを知っているので、
この人は先輩の足元にも及ばない人だなと思うと、気分が楽になったりもする。
気遣いや心遣いを、自然に相手に渡せる人。
そして、縁を本当に大切にされる人。
俺は先輩に会えて本当にラッキーだったし、先輩の後輩で幸せ者です。
あんまり良いふうに書きすぎても怒られそうなんで、このへんで。
そんな先輩が、とうとう自分のお店を京都市内に開店されました。
「のら寿司」
その名前も、先輩らしいなと思います。
いい機会なので、開店のお祝いと、父の日と母の日も兼ねさせてもらって、
両親たちと妻と子どもたちと、先輩が握るお寿司をいただいてきました。
全部、美味い。
美味しすぎる。
奥様とお嬢さんと、ご家族での営業も、なんか嬉しい。
とてもいい時間を過ごさせてもらいました。
先輩、さすがです。
水泳を習い始めた息子が、進級テストに合格すると、
本人の希望で近所のスシローでお祝いするのがご褒美になっています。
のら寿司さんでの食事終了後、お店を出る際、
息子が俺のところに寄ってきて小さな声でこう言いました。
「父ちゃん、次テストに合格したらここがいい」
馬鹿を言うんじゃありません。
子どもが本格的なお寿司の味を憶えてしまった。
そりゃそうだ、あんな美味しいお寿司、感動とともにしっかり記憶に残るだろう。
もう回るお寿司屋さんには行かないとか言い出したらどうしよう。
そのときは先輩!責任とってください!!
ワハハ。
京都市、御所南の路地の奥、のら寿司。
何かの記念日や特別な日などに、ぜひいかがでしょうか??
もちろん、ブッチギリのおすすめです!
2026/05/23 - MOVIE
